「共に生きる」は実現出来るのか?!

facebook投稿を行ってから、ふと感じたこと。

マネーゲームはマージャンが既に積んでしまったように理論的に破綻している、つまり遊びマージャンでは何百万円もの借金可能ですが現金精算ならそうはいかない。借金をしても当然限度がある。

同じ事が「共に生きる(共生)」理念も積んで破綻していると言うか現実化は難しいように思えました。創立者の1人が今ではメンバー200人超えで働く場や生活の場を数十造りました。

私が30年前に入ったすずらんをサンプルに障害者と共にパン作りをする場を各地に創る計画が2件目で難しくなりました。

これは「パン作り」と「障害者と関わる人」のどちらかに熱意があるが2つ持つ方はめったにいない。
考えれば当然ながらパン作りに情熱を持つ人の目的は仕上がり、障害者福祉に熱意がある人はパンがどうであれ人に視点が行きます。

障害者を全面に打ち出さない我が会は、結果パン職人が集まったので3号店以降の出店には至っていません。

「共生」を主眼におく人は疲弊して長くは続かない感じがします。結果マイペースで行う人が残る。
熱い人は年月が経つと冷めていく、そして現実を見るお花畑から事実を知る。
それを受け入れて自分を変化させて生きるか、拘りの組織から離れるかは自由です。

もしかすると創立者はそれに気づいているか理想を追っているかは分からない。
しかし私は順応してマイペースチーム入りしているのかも知れません。

そうして見ると事務所で長話する人の気持ちが判る気がする、最初は熱意も意欲もあったしかしどんなに努力しても変わら現実を見た。

その状況が今かも知れない、理想論を言っても身体障害者や知的・精神障害者に現実的にサポートが必要である。

理想を夢見て入り現実を見て離れる人より半日以上だべっていても人でも頭数が必要になる。
そんな事を悟った超越者かも知れない。

目の前に盲の方が困っているのに、理想論を唱えて過ぎて行く人ではなく拙くても手を貸す方が必要になる。

と言っても理想論は必要、願わくば理想を唱えながら手を貸す実践者が理想でしょう?

如何せん人はどちらかに偏ります。それもこの世界の楽しみでしょうか?

追伸
例え1日平均20個のものを作る場合に10人いたら2人は35個作るエリート、6人が20個作る普通の人、2人は5個作る人の自然界の構成になります。

仮に1日5個しか出来ない人を切り捨てても、新たに2人の5個創る人が生まれます。

必要以上に営利を上げるために強引にエリート、普通の人だけを集めても長続きしません。

逆もまたしかりです、それが自然界の掟・ルールです。マクロ的にみたら意味ある掟・ルールかと思います。

【facebook投稿の転機】

時折、コーデネーターから臨時介助の打診がありますが週に泊まり2回(よって空けの日中休みが2回)、日曜日の日勤が1回、各週で夜勤90分の勤務をしています。

幸い知的障害の彼らの介助は楽しいので泊まり開け後も事務仕事も苦になリません

能力社会では仮に1日20個のものを作る作業で月20万円なら30個で30万円、5個で5万円です。
共生社会はそれを完全否定して、その人が5個しか出来なくも35個出来ても合算して人数割りする考えです。

この考えに賛同して入ってくるので問題ありませんが100人も200人にもなると悪用する人も出て来ますしペナルティもありません。
20個作れる能力があっても5個作って20個分の収入が入ります。

企業もそうですが数十人まではあうんの呼吸でゆるいルールで組織は周りますが数百人、数千人単位になると事細かいルールやペナルティがないとイレギュラーな人に対応出来ません。
元々企業は営利団体なので仕方ないかも知れません。

手が抜けない私は手抜き作業する方は苦手ですが、現場では1m歩くのや着替えに数分以上かかっても彼らなりに100%やりきる人に好意が持てます。

障害・健常の分けは嫌いですが健常者が数%の力や努力で済むのが障害ゆえに一歩歩くのも服を着替えのも100%の力で取り組む彼らの生き方が好きです。

そんな彼はたまたまた障害者と呼ばれています、そんな真摯に生き方が支えられるなら収入が半分になっても(あり得ませんが)残業100時間でも苦になりません。でもいい、自分の生き方を見つけたから。

ブログ

Posted by tkunijima